History
2001年 中東研究会 新勧特別企画? A棟ロビー
「中東事情〜宗教問題〜」
はじめに
冷戦が終結し、二十一世紀になった今日も戦争は紛争と名を変え、世界中に悲劇をもたらし続けている。
我々の研究分野である中東地域にも「中東問題」というイスラエル国家対パレスチナ人という構図の紛争がある。
ここ最近のニュースでも悲惨な状況が報じられている。 では、どうしてこのような紛争が起こるのだろうか。 冷戦当時は資本
主義対共産主義という経済的イデオロギー的な対立であったが、今日では宗教対宗教、民族対民族、あるいはこれらが複雑
に絡み合った図式となっているようである。特に宗教対立に起因している地域紛争、民族紛争が多いように見受けられ、まさ
にこの「中東問題」がその代表例であるといえよう。これらは宗教を抜きにしては理解できない問題なのである。
今回のロビー展示では、ユダヤ教、イスラームとはどのような宗教であるか紹介しながら現在の中東情勢、エルサレム問
題に触れつつ、「中東問題」の解決への道を模索していきたいと思う。
一章 ユダヤ教とは
1、成立
ユダヤ教の原型は紀元前20世紀前半までさかのぼる。ある日、神が西セム系に属する部族の長のアブラハムというヘ
ブライ人(ユダヤ人の別名)の前に現れ、「子孫達に永久にカナンの地(現パレスチナ地域)をあたえる。」という約束した。
これが神との契約である。
その後、この部族はアブラハムの息子のヤコブに率いられて、エジプトの東の地にあるゴシェンに移住した。それから
500年後、紀元前15世紀になり、メソポタミア(現シリア)の近くで遊牧生活を送っていたユダヤ人の一部がエジプトに移住
。しかし、そこで奴隷生活を強いられたため、モーセと共にエジプトを脱出した。その途中のシナイ山でモーセが神に出会い
、その時に授けられたのが『十戒』であるといわれている。これが、世界最古の一神教であるユダヤ教の起源となる。
2、教義の特徴
・聖典には、ユダヤの民族誕生の歴史、神との契約を交わした経緯、そして、十戒を始めとする律法が書かれている『旧
約聖書』が用いられている。
・ 天地創造神、人格神、啓示の神、裁きの神、ユダヤ人だけを守る神(契約思想による)である唯一神ヤハウェのみを信
じている。
・ 契約思想は、民族と神との関係を権利義務関係と考えているものであり、その内容は、
神の義務・・・民族を救済し、繁栄を約束する
民の義務・・・神の啓示を信じ、律法を守る。
といったものであり、ユダヤ教の思想の根幹をなす部分といえよう。
・ ユダヤ人は、契約思想に基づいて大変に戒律を守ることを重要視している。その戒律の基本となるのものがシナイ山で
神がモーゼに与えたという『十戒』である。
『十戒』(出エジプト記二〇章)
1、神はひとつである
2、偶像を崇拝してはならない
3、神の名をみだりに唱えてはならない
4、安息日を守れ
5、父母を敬愛せよ
6、人を殺すな
7、姦淫するな
8、盗むな
9、偽証するな
10、貪欲になるな
・ 「ユダヤ人には選民思想という特権意識と優越感がある。」というような俗信が日本には存在する。このことは、ユダヤ人
の世界支配といった根も葉もない説と結びつけて紹介される場合が多い。本来、選民とは「世界に正義を顕現するため、神
が人間の協力者として選んだのが、アブラハムを始めとするユダヤ人である。」ということである。そして、ユダヤ人というこ
とを抜きにして、人類共通の戒律という視点でとらえたのが、『ノアの七戒』である。
『ノアの七戒』(創世記六−九章)
1、社会正義(法を整える義務)
2、偽証を含む悪口雑言の禁止
3、偶像崇拝の放棄
4、近親相姦及び姦通の禁止
5、殺人の禁止
6、盗みの禁止
7、残虐行為の禁止(生きている動物から切り取った生肉を食べてはならない)
二章 イスラームとは
1、 成立
イスラームの開祖あり預言者であるムハンマド(マホメット)は、現在のサウジアラビアにある都市メッカを支配していたクラ
イシュ族ハーシム家に西暦570年頃に生まれた。
両親と幼い頃に死別し、名門の生まれであったが継ぐ財産もないことから貧しい孤児としての生活を余儀なくされた。しか
し、ムハンマドは「アル・アーミン(これぞ最も信頼できる者)」と呼ばれるほどの公正で、誠実な人物に成長した。この時期の
アラブ社会は行き過ぎた個人主義が蔓延しており、貧富の格差も広がり、道徳の荒廃が進んでいた。そのことをムハンマド
は心を痛め悩む日々が続き、瞑想に耽ることが多くなった。
そして、西暦610年、ムハンマド40歳の時に「ヒーラーの洞窟で瞑想をしていたところに天使ジブリール(ガブリエル)が現
れ、神の啓示を伝えた。これにより、ムハンマドは「創造主の使徒となり、イスラームが開かれたといわれている。
2、 教義の特徴
・ アッラー(アラビア語で「神」の意)のみを信じ、疑わず絶対帰依をする。
・ 偶像崇拝を禁止している。(預言者ムハンマドの位置付けがその代表的例である。預言者ムハンマドは「創造主の使徒」
であるがあくまで一人の人間であり、アッラーの代理人ではないので信仰対象とは認められていない。そのためムハン
マドを描いた絵があったとしても顔の部分が削り取られている。)
・ ムハンマドの口を通して発せられた啓示をまとめたクルアーン(コーラン)を聖典としている。
イスラームではユダヤ教の旧約聖書、キリスト教の新約聖書も神の啓示であると認められており、このクルアーンが神の
啓示の完成版であると考えられている。
・ 六信・・・ 六つの信仰対象と五つの実践対象のことである。この六信を信ずる者がムスリム(イスラーム教徒)であるとみ
なされる。
・ 五行・・・ ムスリムに課せられている五つの実践対象のこと。
(※六信と五行の詳細は下に記載)
・ イスラームが性に対して厳格なのは、人間が誘惑 に弱い生き物なので男女が一緒にいると性的混乱が起きてしまうと
いう考えから男女の分離が説かれている。
・ ユダヤ教徒とキリスト教徒を同一のアブラハムの宗教と認識し、「啓典の民」と考えている。
六信
@アッラーを信じること
ムスリムはアッラーの奴隷として、主人である アッラーに絶対的服従を誓うこと。
A アッラーの天使を信じること
アッラーの命令でしか動かない天使をアッラー と同じであると信じること。
B アッラーの経典を信じること
経典クルアーンがアッラーの言葉であると信じ ること。
C アッラーの預言者を信じること
ムハンマド、アダム、ノア、アブラハム、モー ゼ、イエスという預言者を信じること。
D 審判の日(来世を信じること)
来世こそが本当の世界であるという考えで、そ のために現世があり、それまでの生き方の審査 が来世への門であるこ
と意味している。
E 命(カダル)を信じること。
この世の全てのことは「アッラーの意によるも のである」という考えで、世界で起こる全ての ものをアッラーの御心による
ものと信じること。
五行
@シャハーダ(信仰告白)
「アッラーの他に神はなく、ムハンマドは神の使徒なり」という文句を唱えること。
Aサラート(礼拝)
一日に五回、聖地メッカの方向に向けて礼拝をすること。
Bザガートまたはサダカ(喜捨)
前者は所得に応じた救貧税で、後者は善意で行われる寄付のこと。
Cサウム(断食)
イスラーム暦九月から一ヶ月間行われ、日の出から日没まで断食すること。貧しい者の苦しみを身を持って体験する目
的がある。
Dハッジ(巡礼)
一生に一度、聖地であるメッカに巡礼すること。
三章 二つの宗教の共通部分
・ イスラームは、神の言葉を預言者が仲介してムスリムに啓示している。また、ユダヤ教では、神から『十戒』や『ノアの
七戒』などの啓示を受けている。
・ ユダヤ教では、神とイスラエルの民との契約がトーラに明示しており、永遠にそれは不変であり、また代わりのものに
替えられることは無いと考えられている。 イスラームでは、人間が己の創造主を直接的に、何らかの仲介者をはさむこ
となく認識すると考えられ、そこには神と個としての人間しかいない。つまり、垂直的な契約関係といえる。
・ 両宗教とも、一神教である。ユダヤ人にとって神はひとつであることは、「シュマ・イスラエル」(聞けイスラエル、主我
らが神、主はひとつである。という意)という祈りに凝縮されている。 また、イスラームにも「アッラーのほかに神なし」と
いう言葉がある。この言葉を見ればわかるように、この言葉は、絶対神・唯一神についての「真理」を表している。
ここまで、ユダヤ教とイスラームの概要、そしてそれらの共通する部分を見てきた。
この二つの宗教は、キリスト教を含めて同じ中東地域を誕生の地としている。これらは、もともと同じ宗教、もしくは、姉妹
宗教と言えるだろう。同じ啓示宗教であり、唯一神を信仰対象としている。そして、現世で戒律を守れば来世で救済されると
いう契約思想を根本としている。
では何故、このように類似している宗教を信仰している人々が、互いに憎み合い、争い、そして数多くの流血の惨事を今
なお引き起こし続けているのだろうか。 イスラエル・パレスチナ紛争(中東問題)は、宗教を無視しては語れないと前述した
が、その代表例が『エルサレム問題』である。
次の章からは、和平プロセスの頓挫が危惧されるパレスチナ自治区の現状に触れつつ、エルサレム問題について言及し
ていきたいと思う。
四章 自治区の現状
この2年間、パレスチナの世論は、和平交渉に期待を持たなくなっている。自分たちが求めていた平和が実現しなかったこ
とに失望し、非常な焦燥感を抱いているからである。
自治とは名ばかりで分裂と封鎖は強まり、隣の町へも自由に行くことができないのだ。 そして、パレスチナ人の尊厳の拠
り所である聖地エルサレムへのシャロンの挑発行為ともとれる訪問は、こうした時期に起こった。
この事件がきっかけで衝突が始まり、衝突で多くの子供や民間人が犠牲になった事も、人々の憎悪を増大させ和平への
道を困難なものにしている。
現在のこの地域の現状を見てみると、今年3月に入てから、ヨルダン川西岸・ガザのパレスチナ自治区のラマラ周辺では
、26の村が完全に外界から遮断され、各村へ道路には、イスラエル軍が深さ2メートルの塹壕を掘っており、7万世帯の電
気や電話線も切断されている。 「自治区」といっても、西岸・ガザの面積の42パーセント、パレスチナの村や町がいわば「飛
び地」状態で存在するにすぎないので、イスラエル軍が支配する道路が封鎖されると、パレスチナの村や町は完全に孤立し
てしまうのだ。ガザでは自治区が4つに分断され、それぞれが孤立している。道路沿いには戦車が配備され、道路やユダヤ
人入植地周辺では、果汁園や畑が破壊されて掘り返され200メートル幅で「無人地帯」を作る計画も開始された。
土地所有のパレスチナ人は無視され、自分の土地なのに入ることも許されない。これらは、「集団懲罰」と言い、見せしめと
して住民全体に罰を与え、抵抗運動やテロを押さえ込もうという政策である。
その結果、パレスチナ自治区内でさえ人や物の移動が出来なくなっている。通勤・通学はもとより、通院・救急車の移動が
禁止され、診療所や学校のない村も多いので、社会生活はほとんどマヒしている状況にある。村の外のある農地での耕作も
出来ない。たとえ封鎖が緩和されたとしても、物資流通は難しいだろう。 封鎖の影響は、特に経済に深刻な打撃を与えてい
る。34年間のイスラエル占領で、西岸・ガザはイスラエル経済の従属下に置かれて産業は育っていない。和平で期待され
た経済復興も破綻し、イスラエルへの依存度がかえって強まったからである。 このように自治区は現在も悲惨な状況なので
ある。
パレスチナ・インティファーダの現状
(2000年9月28日〜2001年1月5日)
出展:2月2日―HDIP(健康・開発・情報・政策協会)
死者341名のうち、89%が一般市民。一般市民の死者の振り分けが、
・18歳以下:35%
・デモや衝突には不参加:41%
・その他:13%
医療施設で治療された負傷者11,000名以上。 地区別の振り分け。
・西岸地区で実弾による負傷:39%
・ガザ地区で実弾による負傷:26%
・その他の地区:35%
この内で、永久的な身体障害を負った人は1500人にのぼると予想される。
(パレスチナ子供のキャンペーン調べ)
五章 エルサレム問題
エルサレムの地位は、第二次大戦後絶えず揺れ動いてきた。1299年から第一次世界大戦を経てオスマントルコが19
22年に滅亡するまでの約700年間はオスマントルコ領として存在してきた。そして、英国が1948年までパレスチナの地を
委任統治し、同年にイスラエルの建国が宣言された。
それに反発したイスラーム諸国の攻撃によって、第一次中東戦争が勃発し、翌年の停戦の際にエルサレムが初めて東
西に分割され、西がイスラエル、東がヨルダン領となった。しかし、1967年の第三次中東戦争でヨルダン領である東エルサ
レムをイスラエルが占領し、併合した。
今日までイスラエルによる占領状態は国際社会に承認されておらず、国際法上はいまだにヨルダン領である。日米を初め
、主だった国々の駐イスラエル大使館がエルサレムではなくテルアビブに置かれているのはイスラエルの占領行為を国際
法違反とみなしているためである。 しかし、イスラエルは占領後、入植政策を断行し、東エルサレム地区のユダヤ人口を増
やすことにより、占有の既成事実を作り、1980年にはエルサレム全域を「統一された不可分の永遠の首都」宣言した。
これに対してパレスチナ側は東エルサレム返還を要求し続けるとともに、イスラエルによるユダヤ人占領政策を批判してき
た。
それではイスラエルとアラブが何故エルサレムに固執するのだろうか。
それは周知のとおりこの地がイスラーム、ユダヤ双方の聖地に他ならない。(キリスト教も含む)ユダヤ教側は東エルサレ
ムの約一キロ四方の城壁に囲まれた旧市街地を含み、約2000年前に破壊されたユダヤ教の神殿跡地「神殿の丘」がある
。その神殿の一部だった「嘆きの壁」(西の壁)はユダヤ教にとって最も重要な青銅である。一方イスラーム側は神殿の「神
殿の丘」を「ハラム・アッシャリーフ」(高貴な聖域)という名で呼び、メッカ、メディナに続く三番目に重要な聖地である。
中でも「岩のドーム」と「アル・アクサ」の二つのモスクは教祖ムハンマドの昇天の地と伝えられている場所に建っている。こ
のように、この二つの宗教(正確には三つ)にとってはとても重要な地なのである。
イスラエル、パレスチナ側は双方、相手側に聖地を占有されることを恐れている。占有された結果、そして聖地への巡礼が
できなくなると互いに主張し続けているのである。
昨年の八月、米国のキャンプデービッドで開かれた三首脳会談が中途挫折したのも東エルサレム問題が原因にある。国
連はエルサレムを国連管理下の国際都市にするという案をだし、米国もイスラエル・パレスチナの共同主権案を提案したが、
パレスチナ側があくまでも完全主権を主張したために交渉は頓挫した。
このように、東エルサレム問題は中東問題の中心にして最大の難問といえよう。
我々中東研究会の見解としては、当事者ではない第三者的意見ではあるがエルサレムを国連管理下の国際都市とする
のが一番望ましいように思われる。三つの宗教の聖地であるという特色を考えると一つの国の主権下となるのには危惧を感
じる。共同主権にした場合、エルサレム運営に関して意見、思惑の衝突する可能性が大のように思われる。国際社会の総
意としてエルサレムを国連管理下に置けば、イスラエル・パレスチナの一方のみが利することにはならないだろう。
さらに三つの宗教の信者が自由に訪れることのできる開放性を併せ持つことができると思う。 確かにこの案には問題、障
害が多々ある。法整備、経済的基盤の整備、エルサレムの管理費をどう捻出し、集めるかという、たとえ一つの都市といえ
ども避けては通れない問題もある。さらに言えば、現在エルサレムに在住している人々の問題である。国籍としてはイスラエ
ルとなるが、国連管理下となった場合、国籍はどうすればよいのか。住民を移動させるのは非常に困難な事である。イスラ
エルが入植政策を断行していった成果というべきか、原因というべきか難しい問題である。
しかし、今はそのような問題があるにせよ後世に憎しみを残さないことを第一に考えるべきではないか。まずは国連という
仲介者が公正に仲をとりもち、イスラエル、パレスチナが互いに譲歩し合って歩み寄りをみせていくことが大事だと思う。そし
て、長い年月をかけて互いの憎悪を洗い流していくことが大事なのではないか。エルサレムを国連管理下に置くことがその
先駆けとなることができると思うのだ。
さらに、パレスチナ人とユダヤ人の子供を同じ場で教育し、新たな世代までに憎しみが継続することを防ぐことも大事であろ
う。みんな同じ血の通う人間であるということを肌で感じさせるのが良いと思う。
このように、エルサレム問題はとても複である。三つ宗教の聖地であるという他に類のない特色がそうさせているのであろ
う。中東問題にはまだ様々な問題がある。だが、今できることをみつけて努力を惜しまずに実行し、徐々にでも解決に近づけ
て行くしかないだろう。
終わりに
このように、ユダヤ教とイスラームは非常に類似している宗教であるということは解って頂けたと思う。また、中東問題の
影にはこの二つの宗教対立が存在することも理解して頂けたと思う。
各宗教も思想的部分においては、とても高潔な道徳、倫理観を謳っている。だが、現状では互いに憎しみ、争っている。
これは、一種の近親憎悪という一面と自分の宗教の正統性を主張し過ぎという一面があると思われる。この世から宗教紛争
を根絶しようと思うのであれば、互いの宗教、価値観を理解し、心から敬意を払い、共存を目指さなければならないのではな
いか。そして、宗教とは個人の内面、信条の問題であり、現在のように宗教に優劣をつけているようでは、こうした争いはなく
ならないと思う。そして、日本という国で暮らしている我々にも、これらは他人事と言えないのではないかと我々は考える次
第である。
最後に、今回のロビー展示をきっかけに少しでも中東問題に興味を持って頂けたら幸いである。そして、この展示に関する
ご意見、ご感想をお待ちしている。さらに、新入部員も歓迎する。
以上、2001年新歓特別企画?ロビー展示内容でした。
ご意見などございましたら、メールや掲示板等でお願いいたします。